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横浜地方裁判所 昭和41年(ワ)1701号 判決 1969年8月18日

原告

清田幸

ほか一名

被告

箱根登山鉄道株式会社

主文

被告は原告清田幸に対し、金二、八六一、一四〇円および内金二、六二一、一四〇円に対する昭和四一年一二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告清田弘子に対し、金二、七九九、二六八円および内金二、五五九、二六八円に対する昭和四一年一二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は五分し、その三を被告、その余を原告らの負担とする。

この判決は、第一、二項に限り、かりに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告清田幸(原告幸という)に対し、金三、四一三、四四一円および内金三、二七一、〇七六円に対する昭和四一年一二月二八日から支払ずみまで、内金一四二、三六五円に対する昭和四二年四月一五日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。被告は原告清田弘子(原告弘子という)に対し、金三、三五一、五六九円および内金三、二〇九、二〇四円に対する昭和四一年一二月二八日から支払ずみまで、内金一四二、三六五円に対する昭和四二年四月一五日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決竝に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、昭和四一年六月一四日午後二時頃藤沢市大鋸八二二先路上において、訴外高橋保(訴外高橋という)の運転する営業用大型バス登録番号静岡2か二七一(被告車という)と訴外清田孝男(訴外孝男という)が接触し、そのため、訴外孝男は頭蓋骨骨折、脳内出血、左胸背部圧挫創、右大腿挫滅創複雑骨折の傷を負い、直ちに事故現場から約数百米離れた高木医院に運ばれたが医院玄関先に到達した頃絶命した。

二、被告は、本件交通事故当時被告車を所有し、訴外高橋を雇傭していた。そして同訴外人は被告車を運転し、被告の業務に従事していた際本件交通事故を惹起したものである。従つて、被告は被告車の運行供用者として、自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条により本件交通事故により生じた損害を賠償する義務がある。

三、本件交通事故によつて生じた損害は次のとおりである。

(一)  訴外孝男の得べかりし利益の喪失

訴外孝男は昭和三四年九月八日生で、事故当時満六才九ヶ月余の健康な男子であつた。本件交通事故で死亡しなければ少くとも六一・五八年の余命(第一〇回生命表による。なお昭和四〇年簡易生命表によれば六三・六四年となる。)があり、その間満二〇才から向う四〇年間神奈川県内の事業所に就労して収入をあげることができたものと認められる。

即ち労働大臣官房労働統計調査部調昭和四一年賃金構造基本統計調査報告第四巻第一〇表「年令階級別きまつて支給する現金給与額および労働者数」によれば、昭和四一年四月の神奈川県内における男子労働者が毎月きまつて受取る平均現金給与額は、二〇才から二四才まで金二九、三〇〇円、二五才から二九才まで金三七、五〇〇円、三〇才から三四才まで金四五、六〇〇円、三五才から三九才まで金五三、一〇〇円、四〇才から四九才まで金五八、四〇〇円、五〇才から五九才まで金五八、〇〇〇円であることが認められるところ、賃金は調査以来上昇しており、今後とも上昇する傾向にある。他に賞与も支給されることを考慮すると、訴外孝男は、前記稼働期間にその年令の推移に応じ毎月少くとも前記程度の給与を得られるものと認めて差支えない。

そして、前記給与額により訴外孝男の二〇才から二四才までの総収入を求めると、金一、七五八、〇〇〇円となり、同様二五才から二九才までの総収入は金二、二五〇、〇〇〇円、三〇才から三四才までの総収入は金二、七三六、〇〇〇円、三五才から三九才までの総収入は金七、〇〇八、〇〇〇円、五〇才から五九才までの総収入は金六、九六〇、〇〇〇円となる。そこで交通事故当時の一時払額を求めるため、各期の総収入額につきホフマン式計算方法により各期末時を基準として、それぞれ民法所定年五分の割合による中間利息を控除すると、訴外孝男の二〇才から二四才までの収入については、右総収入に計数〇・五二六三を乗じた額である金九二五、二三五・四円、同様二五才から二九才までの収入については右総収入に計数〇・四六五一を乗じた額金一、〇四六、四七五円、三〇才から三四才までの収入については右総収入に計数〇・四一六七を乗じた金一、四〇、〇九一・二円、三五才から三九才までの収入については、右総収入に計数〇・三七七四を乗じた金一、二〇二、三九六・四円、四〇才から四九才までの収入については右総収入に計数〇・三一七五を乗じた金二、二二五、〇四〇円、五〇才から五九才までの収入については右総収入に計数〇・二七四〇を乗じた金一、九〇七、〇四〇円となり、これらを合算すると、金八、四四六、二七八円となる。

ところで、右収入をあげるに要する生活費等の必要経費は、就労当初に始り、概ね独身のころは収入に比しその生活費の占める割合は大きく、結婚し世帯を構えさらに子供を設けるという推移に伴い世帯主としての生活費の額は多額になるものの反面収入も上昇するので、収入に対する割合は減少する傾向にあることは経験則上明らかである。

この事実に、稼働開始時期、その終期、および稼働可能年数、収入額の推移を考慮すると、訴外孝男の得べかりし利益の喪失による損害について、収入より控除すべき生活費等の必要経費としては、全稼働期間を通じて収入の五割を上廻ることは考えられない。

そこで右によりその生活費等の必要経費を控除した純益額により、訴外孝男の交通事故当時における得べかりし利益の現価を求めると、その額は、金八、四四六、二七八円の二分の一である金四、二二三、一三九円となる。

(二)  訴外孝男の慰藉料

訴外孝男は、当時市立藤沢小学校一年生在学中で、健康かつ真面目で、成績も優良であつた。そして、人生も漸くその緒についた段階で、本件交通事故により無惨にも生命を絶たれるに至つた無念さは察するだに心を傷ましめるものであるところ、本件交通事故の態様(本件事故の模様を報じた昭和四一年六月一五日付朝刊の各新聞記事には、くり返すな横断歩道の悲劇、学童はねられ即死、不注意な観光バス、手を上げていたのに、という見出しの下に、横断歩道を手を上げて渡ろうとした訴外孝男が被告車にはねられ死亡したことを伝え、訴外高橋運転手の話として、「横断歩道の手前で左から右へ渡る子供たちがいたので、一時停止したが渡りきつたので発車したところ、反対から来た訴外孝男ちやんに気づかずひいてしまつた。」「反対側から横断していた六人の子供たちに気をとられ訴外孝男ちやんに気づかなかつた。」とある。)等勘案すると、これを償うべき慰藉料は金一、〇〇〇、〇〇〇円を下るものではない。

(三)  原告幸は、訴外孝男の父、原告弘子は同人の母であつて、訴外孝男の取得した(一)(二)の各債権を各自二分の一宛、即ち(一)については金二、一一一、五六九円宛、(二)については金五〇〇、〇〇〇円宛相続した。

(四)  積極損害

原告幸は、訴外孝男の葬祭関係費として、金六一、八七二円を支出し、同額の損害を受けた。

(五)  原告らの慰藉料

原告幸、同弘子は、訴外孝男が一人息子であり、学業成績も良く健康明朗な子供であつたから、将来に非常な希望を託していたところ、本件交通事故によりその望みは無惨にも断ち切られてしまつたのである。訴外孝男は、常々学校の先生からも、道路を横断するときは必ず手を上げて横断歩道を渡るようにきびしく教えられており、先生のいいつけは絶対守る素直な子であつたから、本件交通事故直前も横断歩道を手を上げて横断中、不慮の災厄に遭つたのである。原告らは、訴外孝男の死亡により夜も眠れないほどの衝撃を受け、今だに本件交通事故を想い出すだに無念と非痛の情を禁じえず、その想いは筆舌につくし難い。ひるがえつて、被告と原告らの間では、示談交渉が一〇回前後行われたが、被告は神奈川県下有数の大会社であるにかかわらず、示談金額は、自賠責保険金を含めて金一、五〇〇、〇〇〇円以上は絶対出せないという一点張りであり、これでは、訴外孝男が無謀な死に方をしたと言うに等しく、原告らを慰藉するには余りにも不誠意な態度というべきである。以上の諸事情を斟酌するとき、原告らに対する慰藉料は各金一、〇〇〇、〇〇〇円を下るものではない。

仮に慰藉料請求権の相続が認められないとすると、原告らは、その受領した自賠責保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を訴外孝男の慰藉料の一部として計算しているから、原告らの慰藉料は各金二、〇〇〇、〇〇〇円を下るものではない。

(六)  弁護士費用の損害

原告らは、本件交通事故につき、訴訟前に被告との間で示談交渉を行つたが、前記の如き次第で不調に帰したので、弁護士鎌田俊正に対し本件訴訟を委任し、東京弁護士会報酬規定を参酌し、原告らは各自金二四〇、〇〇〇円(手数料、謝金各金一二〇、〇〇〇円づつ)の報酬支払を約した。ところで交通事故における加害者が損害賠償を任意履行しないときは通常弁護士に委任してその権利の実現をはかるほかないのであるから、右に要する弁護士費用も事故と相当因果関係にたつ範囲内においては加害者側の負担すべき損害と解すべきである。従つて、原告らは各自金二四〇、〇〇〇円の損害を被つたものというべきである。

四、よつて、被告は、原告幸に対し三の(一)(四)(五)(六)の合計額金三、四一三、四四一円および内金三、二七一、〇七六円に対する訴状送達の翌日である昭和四一年一二月二八日から支払ずみまで、内金一四二、三六五円に対する昭和四二年四月一五日から支払ずみまで、それぞれ民事法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払はなければならない。

被告は原告弘子に対しては、三の(一)(五)(六)の合計額金三、三五一、五六九円および内金三、二〇九、二〇四円に対し右昭和四一年一二月二八日から支払ずみ迄、内金一四二、三六五円に対する右昭和四二年四月一五日から支払ずみまでそれぞれ民事法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をしなければならない。

五、被告の主張に対しては、原告らの主張に反する部分はすべて争う。訴外孝男は、被告車が一旦ノック寸前まで減速したことを見て、横断歩道の停止線で一時停止してくれるものと信頼して横断を開始したが、センターラインを越えた附近で被告車が突如加速したため、訴外孝男は被告車の斜め前方に之を避けようとしたが、被告車を避けることができず、八・三米はねとばされ約八・一米ひきずられたものである。

被告は、訴外孝男が横断歩道によらず斜めに道路を横断しようとした旨主張する。しかしながら、訴外孝男は、小学校の友達の横溝さんの家を訪ねる途中であつた。横溝さんの家に行くには、横断歩道を通らずに自宅から真直ぐ国道を横断するのが最短距離である。

ところが、訴外孝男は交通規則を守つて、わざわざ五〇米ほど藤沢橋方面に逆戻りして横断歩道を通る方法を選んだと考えられるのであり、訴外孝男がこの方法を選択した以上、当初から斜め横断をしたとすることは不合理である。横断歩道の処まできていながら、横断歩道を通らずに斜め横断をする理由がないからである。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告ら主張の請求原因事実中、第一項の事実、第二項の事実(但し、被告に損害賠償義務があることは争う。)、第三項の事実中、原告らとの間に示談交渉が行われ、それが不調に終つたとの事実は認めるが、その他の事実は全部争う。

一、本件交通事故について訴外高橋運転手には過失がない。仮に過失があつたとしても、被害者にも過失があるから損害賠償の額を定めるについてこれを斟酌すべきである。

(一)  訴外高橋は、時速三五粁で被告車を運転していたところ、前方の横断歩道を五人位の子供が一団となつて、左側から右側へ渡りかけているのを発見したので、ノック寸前まで減速(時速約二〇粁)し、子供らの行動を主視しながら横断歩道に近づいていつた。そして、右の子供らが完全に渡り切るのを見とどけてから、加速し始めたところ、その瞬間、男の子(訴外孝男)が道路右後方から左前方へ斜めに被告車の前を走り抜けようとして、横断歩道の五・六米先のセンターライン近くまでとび出して来たのを発見した。

訴外孝男の発見がおくれたのは、横断歩道上を真直ぐに渡ろうとせず、車の右横の方から斜めに左前方へ走つて、無理に車の前を横切ろうとしたからである。被告車は運転席が右側にあるが、運転手の目の位置が高く、しかも、エンジン部が後ろについているため、その直ぐ右側やすぐ前方は非常に見えにくい。(かような場合の危険を避けるためにも斜め横断が巌に禁止されているのである。)本件交通事故は、被告車の右のような構造と、訴外孝男の法規違反行為との競合によつて生じたもので、訴外高橋の前方不注意のため、発見がおくれたことによるのではない。現に、訴外高橋は左側から右側へ渡る一団の子供を注視していたのであるから、右側を見ていなかつたということはいえない。見ていたけれども、訴外孝男が右側道路上から車道内へ向けて走り出した瞬間においては、その小さな身体が左側から右側へ渡る横断者のかげに隠れ、しかも斜めに走つてきたため見えなかつたのである。

以上のとおり、訴外高橋は横断歩道通過に際して、時速二〇粁まで減速し、かつ、横断歩道通行者の安全な横断完了を確認してから加速しはじめたのである。したがつて、訴外高橋が右のように徐行をやめ、かつ、一時停止せずに横断歩道を通過しようとしたことは、何ら自動車運転者として要求される注意義務を怠つたものではない。

(二)  右のとおり、断外孝男には明らかに道路交通法第一二条第二項、第三項および同法第一三条第一項本文に違反した過失がある。当時訴外孝男と一緒に右側から左側に渡ろうとしていた少女(同級生の訴外小倉友枝)は途中から引返したため、事故に遇わなかつたが、訴外孝男のみ本件交通事故を惹起したことは十分に省察さるべきである。

そして、訴外孝男は、当時生後満六年九月、小学校一年生で事理を弁識するに足る知能が具わつていたものであるから、仮に本件交通事故につき、訴外高橋に過失があつたとしても、被告の損害賠償の額を定めるについては、訴外孝男の右過失を斟酌すべきである。

二、原告らの損害額に関する主張は、すべて争う。特に訴外孝男のうべかりし利益の衷失による損害額算定方法は幾多の不合理な点を含んでいて承認できない。(中間利息控除方法についても、ホフマン方式によらずライプニック方式によるべきである。)又、訴外孝男の喪失利益の賠償請求権、慰藉料請求権の相続を認める必要性がない。何となれば、死者の遺族のうち一定の者は、固有の慰藉料請求権をもち、死者に扶養されていた者または将来扶養されるべきであつた者は、扶養請求権侵害に基く固有の賠償請求権を有するからである。

三、損益相殺

(一)  原告らは、訴外孝男の死亡時から就職時までの生活費を控除せず、これが得べかりし利益を算定している。しかしながら、訴外孝男の死亡を原因として被告に対し損害賠償債権を取得したのは、相続という法律事実が介在するとはいえ、実質的には原告らであり、しかも原告らは、右死亡を原因として訴外孝男に対する扶養義務を免れ、利益を得たのであるから、この場合にも損益相殺の原則の適用があるものと解する。

(二)  原告らは、本件交通事故後自動車損害賠償保障法に基く強制保険金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けている。

(三)  被告は、本件交通事故後初七日までの間に、葬儀料金五七、五〇〇円、死亡処置料金一〇、二〇〇円、花代・御供物・御香料として合計金一六、〇四〇円の金品をおくつているので、被告が原告らに支払うべき損害賠償金から控除さるべきである。

〔証拠関係略〕

理由

一、原告ら主張の日時場所において、被告車と訴外孝男が衝突し、頭蓋骨骨折、脳内出血、左胸背部圧挫創、右大腿挫滅創複雑骨折の傷害を負い死亡したこと、被告が被告車の運行供用者であつたことは当時者間に争いがない。

二、訴外高橋の過失について考える。〔証拠略〕を綜合すると次の事実が認められる。

訴外高橋は、被告車を運転し、藤沢橋方面から戸塚方向に向け、時速三五粁で進行中、四・五〇米前方に横断歩道を左から右に横断しようとする数人の歩行者を発見したので、ノック寸前まで減速し、時速にして二〇ないし二五粁で横断歩道に近ずいて行つた。

訴外孝男は、被告車が減速したのを見て、横断歩道の停止線で一時停止してくれるものと考え、右横断中の数人の歩行者が渡り終るや、右から左へ横断赤道を走つて渡りはじめた。

ところが、訴外高橋は、右数人の歩行者が渡り終つたものと考えるや、道路右側に注意を払わず、横断歩道の手前の停止線で突如加速したため、訴外孝男は被告車の斜め前方にこれを避けようとしたが、避けることができず、被告車のバンバー左側で四米ほどはねとばされ、更に被告車の左前輪でスリップしたまま八米ほど押され、頭を道路の外側にして俯せに倒れて停止したことが認められる。

右認定に反する〔証拠略〕は信用することができない。

原告らは、訴外孝男が八・三米はねとばされた旨主張する。

〔証拠略〕により、被告車のスリップ痕が六・七米と認められることから、被告車の速力は時速三〇粁程度、空走距離が約四米と推定される。更に、〔証拠略〕によると、子供を発見して急ブレーキをかけ衝突したことが認められる(衝突して子供を発見したのではない)ことから、四米ほどはねとばされたと推認する方が合理的である。

自動車の運転手たる者は、歩行者が横断歩道により道路を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない義務がある。ところが、右認定のとおり、訴外高橋は、左から右へ横断していた数人の歩行者のみに注意を奪れ、同人らが渡り終るや、右から左へ渡る者はないと軽信し、道路右側に対する注意を怠り、一時停止もしないで、慢然加速前進したのであるから、過失があるものと言わなければならない。

三、被告は、訴外孝男が道路を斜めに横断したと批難するが、右認定のとおり、訴外孝男は横断歩道を真直ぐ横断していたのであるが、被告車を避けようとしてやむなく斜め前方に出たのであるから、訴外孝男に対する右の批難は当らない。

そうすると、訴外孝男の過失を立証できる証拠もないから、被告の過失相殺の抗弁は採用できない。

四、損害賠償額について判断する

(一)  訴外孝男の得べかりし利益の喪失

〔証拠略〕によると、訴外孝男は、昭和三四年九月八日生れで本件交通事故当時満六才九月余の健康な男子であつたことが認められる。

第一〇回生命表によると、同年令の男子の平均余命は六一・五八年であるから、訴外孝男は、満二〇才に達した頃から満六〇才に達する頃までの四〇年間就労して収入をあげるものと考えられる。

労働省労働統計調査部編昭和四一年賃金センサス第一巻第二表によれば、全産業労働者の男子一人当り一年間の平均給与額は、金四八六、五〇〇円(平均月間きまつて支給される現金給与額金三三、一〇〇円に一二を乗じたものに平均年間特別に支払われる現金給与額金八九、三〇〇円を加算したもの)であり、同人の生活費はこれの五割と考えられるから、年間純益は金二四三、二五〇円となる。そこで、右金額を基礎として、ホフマン式(複式・年別)計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して同人の死亡時における現価を求めると、すなわち、金二四三、二五〇円に係数一五・三九六(五四年の係数二五・八〇五から一四年の係数一〇・四〇九を差引いたもの)を乗じて計算すると、金三、七四五、〇七七円となる。

被告は、中間利息控除方法についてライプニック方式によるべきであると述べるが、将来の物価の値上りなどを考慮すると、ホフマン方式によつてもその合理性が支持できるので、ライプニック方式を採用しない。

(二)  訴外孝男の慰藉料

原告らは、訴外孝男の慰藉料として、金一、〇〇〇、〇〇〇円を主張するが、一身専属で相続の対象とならないものであるから、認容の限りでない。

(三)  原告らの相続

〔証拠略〕によると、原告らは訴外孝男の両親であり、相続により前記逸失利益の損害賠償請求権の各二分の一にあたる金一、八七二、五三八円をそれぞれ承継取得したものと認められる。

被告は、生命侵害の場合の得べかりし利益の喪失は、扶養請求権の侵害(得べかりし扶養の喪失)として構成さるべきであるから、相続を認める必要はないと主張する。しかしながら、原告らのように、死者のものとして構成するか、被告のように遺族のものとして構成するかは、原告の自由な選択に任されるところであるから、この点に関する被告の主張は理由がない。

(四)  葬祭関係費

〔証拠略〕によると、原告幸は、葬祭関係費の一部として金六一、八七二円を支出したものと認められる。

(五)  原告らの慰藉料

本件交通事故によつて、原告らが愛児を失い多大の精神的苦痛を被つたこと明らかである。前示交通事故の様態その他諸段の事情を斟酌すると、原告らの精神的苦痛を慰藉すべき金額としては各金一、五〇〇、〇〇〇円と見るのが相当である。

(六)  弁護士費用

〔証拠略〕によると、原告らは訴訟代理人弁護士に本訴の提起と追行とを委任し、着手金として金一二〇、〇〇〇円、事件費用として金五〇、〇〇〇円、成功謝金として金三六〇、〇〇〇円の支払を約したこと、本件事案の困難性、その他一切の事情を斟酌すると、原告らは各自金二四〇、〇〇〇円をもつて本件交通事故と相当因果関係にある損害と考えるのが相当である。

(七)  損益相殺

(1)  養育、教育費

原告らの職業、収入その他諸般の事情を考慮すると、訴外孝男の養育、教育費の額は成人迄の年月を平均して、月金五、〇〇〇円と推定される。従つて、年額は金六〇、〇〇〇円となるから、訴外孝男が二〇才に達するまでに支出したであろう総額をホフマン式(複式・年別)計算方法により、年五分の中間利息を控除して現価を算出すると、すなわち金六〇、〇〇〇円に一四年の係数一〇・四〇九を乗ずると、金六二四、五四〇円となる。原告らは右金額の支出を免れたことになる。そして、特段の事情のないかぎり負担部分は各二分の一とするのが相当であるから、原告らの損害額からそれぞれ控除する額は、金三一二、二七〇円である。

(2)  保険金の受領および充当

原告らが、自賠責保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。よつて、原告らの損害額から、それぞれ金五〇〇、〇〇〇円を控除すべきである。

(3)  被告は、葬儀料金五七、五〇〇円、死亡処置料金一〇、二〇〇円、花代・御供物・御香料合計金一六、〇四〇円を控除すべきであると主張するが、右葬儀料、死亡処置料は原告らの本訴請求に含まれていないし、花代・御供物・御香料は損益相殺として控除すべき性質の金額でないから被告の主張は理由がない。

五、以上を綜合すると、原告幸の請求中、金二、八六一、一四〇円およびそのうち弁護士費用金二四〇、〇〇〇円を除いた分につき、原告弘子の請求中、金二、七九九、二六八円およびそのうち弁護士費用金二四〇、〇〇〇円を除いた部分につき、それぞれ、訴状送達の翌日である昭和四一年一二月二八日から各支払ずみまで民事法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないので棄却する。

訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については、同法第一九六条を夫々適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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